2013年4月9日火曜日

朝鮮学校の無償化対象外の「根拠」とその合憲性

執筆の動機

 少し昔の話となりますが、2012年12月28日に文部科学省は朝鮮学校を高校授業料無償化の対象外にすると発表(http://mainichi.jp/feature/news/20121229ddm002010083000c.html)しました。私もこの決定を支持します。しかし、他の支持者の方の論評には、朝鮮学校の生徒さんと北朝鮮政府を同一視し、北朝鮮の悪行と生徒さんを重ね合わせるというレベルの低いものが多くあり、残念に思っていました。そこで、この記事では、朝鮮学校の無償化対象外の合憲性について憲法学の見地から検討してみたいと思います。
 先ほども書きましたが、朝鮮学校の無償化対象外の支持派の論評の多くが、朝鮮学校の生徒さん、朝鮮学校、朝鮮総連、北朝鮮政府を全て同一視しています。そして、無償化対象外の反対派は、朝鮮学校の生徒さんと朝鮮学校を同一視し、朝鮮総連-北朝鮮政府とは区別して、朝鮮学校の生徒さんには罪が無いのに北朝鮮政府の振る舞いの責任を負わせるのは法の下の平等に反すると、批判されています。私にはいずれも誤っているという印象を受けます。

要点
議論の見通しを良くするために、先に要点を書きます。高校無償化法は積極目的規制です。そして、積極目的規制には立法府の広い裁量が認められるため、高校無償化法が朝鮮学校を対象外としても、憲法14条(法の下の平等)に違反しません。より簡易で分かりやすい議論を、以下に投稿しました(http://thinkingholiday.blogspot.jp/2014/09/blog-post.html?m=1)。

高校無償化法の構成

高校無償化法(公立高等学校に係る授業料の不徴収及び高等学校等就学支援金の支給に関する法律 http://law.e-gov.go.jp/htmldata/H22/H22HO018.html )は以下の受給資格を掲げています。
(受給資格)
第四条  高等学校等就学支援金(以下「就学支援金」という。)は、私立高等学校等に在学する生徒又は学生で日本国内に住所を有する者に対し、当該私立高等学校等(その者が同時に二以上の私立高等学校等の課程に在学するときは、これらのうちいずれか一の私立高等学校等の課程)における就学について支給する。
上記の条文を要件・効果に分けて要約します。
<要件>
イ:受給権者は私立高等学校等に在学する生徒又は学生であること
ロ:受給権者は日本国内に住所を有すること
<効果>
・受給権者に対し、就学支援金を支給する
 私立高等学校等の定義は、第2条第3項にあります。
第二条  この法律において「高等学校等」とは、次に掲げるものをいう。
一  高等学校(専攻科及び別科を除く。以下この条及び第四条第三項において同じ。)
二  中等教育学校の後期課程(専攻科及び別科を除く。次項及び第四条第三項において同じ。)
三  特別支援学校の高等部
四  高等専門学校(第一学年から第三学年までに限る。)
五  専修学校及び各種学校(これらのうち高等学校の課程に類する課程を置くものとして文部科学省令で定めるものに限り、学校教育法 (昭和二十二年法律第二十六号)第一条 に規定する学校以外の教育施設で学校教育に類する教育を行うもののうち当該教育を行うにつき同法 以外の法律に特別の規定があるものであって、高等学校の課程に類する課程を置くものとして文部科学省令で定めるもの(第五条及び第七条第一項において「特定教育施設」という。)を含む。)
2  この法律において「公立高等学校」とは、地方公共団体の設置する高等学校、中等教育学校の後期課程及び特別支援学校の高等部をいう。
3  この法律において「私立高等学校等」とは、公立高等学校以外の高等学校等をいう。
まとめると、以下のような階層構造の定義となります。
  • 私立高等学校等=公立高等学校以外の高等学校等
  • 高等学校等=第2条に掲げられているもの
朝鮮学校の生徒さんのケースで、高校無償化法に要件に当てはめてみます。要件ロについては、当該生徒さんは日本国内に住んでいると思われるので、この要件を満たします。要件イについて、朝鮮学校は各種学校なので第2条の五の適用が検討されますが、丸括弧書きで「これらのうち高等学校の課程に類する課程を置くものとして文部科学省令で定めるものに限り」と規定しています。今回の文部科学省の決定で朝鮮学校を第2条の五の対象外とする文部科学省令を制定したので、要件を満たしません。以上より、朝鮮学校の生徒さんは無償化対象外となります。


朝鮮学校を除外する根拠

 では、なぜ、朝鮮学校は第2条の五の対象外との文部科学省令が制定されたのでしょうか。それは、自民党政権の見解によると、朝鮮学校は朝鮮総連の影響下にあり、教育基本法第16条「教育は不当な支配に服しない」という規定に反するためです http://mainichi.jp/feature/news/20121229ddm002010083000c.html
教育基本法
第十六条  教育は、不当な支配に服することなく、この法律及び他の法律の定めるところにより行われるべきものであり、教育行政は、国と地方公共団体との適切な役割分担及び相互の協力の下、公正かつ適正に行われなければならない。
朝鮮学校と朝鮮総連の関係は、具体的にはどのようなものだったのでしょうか。下記の産経新聞の記事によると、自治体からの朝鮮学校への補助金を朝鮮総連に流用したり、朝鮮学校の運営を当該学校法人の理事会ではなく、朝鮮総連が担っていたとのことです。
朝鮮学校補助金「総連が流用」 元幹部が告発 数千万円単位で度々抜き出す
会議開かれず、自分が理事と知らず…朝鮮学校理事会の総連支配
これらの記事が事実であるならば、朝鮮学校は朝鮮総連の影響下にあり、教育基本法第16条に違反するといえます。


無償化対象外の論法

以上をまとめると、以下の三つの論法に集約できます。
  • ア:朝鮮学校は高校無償化法上の私立高等学校等に該当しないため、朝鮮学校の生徒さんは就学支援金を受給できない。
  • イ:朝鮮学校が私立高等学校等に該当しない理由は、第2条の五の文部科学省令で対象とされていないからである。
  • ウ:文部科学省令で朝鮮学校を無償化対象としない理由は、朝鮮学校が朝鮮総連の影響下にあるため教育基本法第16条に反するためである。


法の下の平等のあらまし

 無償化対象外の反対者の方は、上述の決定を法の下の平等に反すると批判されています。そこで、憲法学上の法の下の平等の議論を整理しておきましょう(参考にしたのは、芦部 信喜 著 『憲法 新版』岩波書店)。
  
 憲法14条は以下のように規定されています。
 第十四条  すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。
  まず、上記の文言の「法の下に(平等)」とは、法適用の平等のみならず、法内容の平等をも意味するものです。また、「平等」とは、相対的平等を意味します。相対的平等とは、各人の性別、能力、年齢、財産、職業、または人と人との特別な関係などの種々の事実的・実質的差異を前提として、法の与える特権の面でも法の課する義務の面でも、同一の事情と条件の下では均等に取り扱うことを意味します。したがって、恣意的な差別は許されませんが、法上取扱いに差異が設けられる事項(たとえば税、刑罰)と事実的・実質的な差異(たとえば貧富の差、犯人の性格)との関係が、社会通念からみて合理的であるかぎり、その取扱い上の違いは平等違反ではないとされます(『憲法 新版』P123-124)。
 しかし、これでは基準としてはやや抽象的過ぎます。そこで、憲法学ではさらに、以下のような議論をしています。まず、違憲審査の基準として、「二重の基準論」を導入します。これは、精神的自由は立憲民主の政治過程にとって必要不可欠の権利であるので違憲審査に当たって厳格に審査し、経済的自由の規制立法については人権相互の矛盾・衝突が生じやすいため緩やかに違憲審査する、というものです(『憲法 新版』P100,P97)。
 この「二重の基準論」に基づき、以下のような平等違反の違憲審査基準を導きます(『憲法 新版』P125-126)。
 A(厳格審査基準):精神的自由ないしはそれに関連する問題(選挙権など)
  •   厳格な審査
  •   a1:立法目的が必要「不可欠」なものであるかどうか
  •   a2:立法目的達成手段が是非とも必要な最小限度のものであるかどうか
 B(合理的根拠の基準):上記以外の問題、特に経済的自由の積極目的規制
  •   緩やかな審査。国会に広い裁量を認める。合理的根拠の基準が求められる。
  •   b1:立法目的が「正当」なものであるかどうか
  •   b2:目的と手段との間に合理的関連性(事実上の実質的な関連性であることを要しない)が存するか
 C(厳格な合理性の基準):上記以外の問題、特に経済的自由の消極目的規制
  •   やや厳格な審査。厳格な合理性の基準が求められる
  •   c1:立法目的が「重要」なものであるか(審査の厳しさ: 不可欠 > 重要 > 正当 )
  •   c2:目的と手段との間に実質的な関連性が存するか
 なお、積極目的規制とは、福祉国家の理念に基づいて社会的弱者等を保護する規制であり、社会・経済政策の一環としてとられる規制を指します。他方、消極目的規制とは、主として国民の生命および健康に対する危険を防止もしくは除去ないしは緩和するための規制を指します。(『憲法 新版』P202)

合理的根拠の基準の検討

 以上を踏まえて、、平等違反の違憲審査基準について検討します。高校無償化は、福祉国家の理念に基づいて、経済の調和のとれた発展を確保し、特に社会的・経済的弱者を保護するためになされる規制であり、社会・経済政策の一環としてとられる規制と考えられるので、先述のB(合理的根拠の基準)によって合憲性が検討されると思われます。
  合理的根拠の基準とは、もう少し具体的にいうとどのようなものなのでしょうか。この判例として、小売市場許可制合憲判決(昭和47年11月22日 大法廷 判決http://www.takagai.jp/catchaser/hanrei/scs471122k26-9-586.html)が挙げられます。要約すると以下のようになります。

<事案>
小売商業調整特別措置法3条1項が小売市場(http://kotobank.jp/word/%E6%97%A5%E7%94%A8%E5%93%81%E5%B0%8F%E5%A3%B2%E5%B8%82%E5%A0%B4)の開設を許可する条件として適正配置(既存の市場から一定の距離以上離れていることを要求する、距離制限)の規制を課していることの合憲性が争われた事案。
<判決要旨>
経済活動の規制を積極目的規制と消極目的規制に分けた。そして、積極目的規制(小売市場の規制は、福祉国家的理想のもとに社会経済の均衡のとれた調和的発展を企図しているので、積極目的規制に分類)に対しては、立法府の裁量を広く認めた。なぜなら、積極目的規制の立法においては、それが与える社会経済の利害得失等を洞察しなければならないが、これを担う使命が立法府にあるからである。具体的な違憲審査の基準は、当該立法の目的に一応の合理性があり、その規制の手段・態様においても著しい不合理が明白に存在しなければ、当該立法は合憲とする、というものである。そして、判決では、当該立法の目的に一応の合理性があり、その規制の手段・態様においても著しい不合理が明白に存在しないので、合憲とした。
要するに、この判決のポイントは、立法の目的に一応の合理性があり手段・態様に著しい不合理がなければ、合憲とするということです。この判例は経済活動の規制を念頭においており、高校無償化の件とは趣が異なると感じるかもしれません。しかし、先にも述べた通り、高校無償化の目的が「教育に係る経済的負担の軽減を図り、もって教育の機会均等に寄与すること(第1条)」と規定されており、福祉国家の理念に基づいていることは明白であるので、積極目的規制に該当すると思われます。

 上記の判例を踏まえて、合理的根拠の基準に当てはめてみます。
  • b1:立法目的が「正当」なものであるかどうか
 朝鮮学校を無償化対象外とする立法目的は、朝鮮総連の影響下にある朝鮮学校(教育基本法第16条違反)に、就学支援金が支出される不適切な事態を避けるためである。
  • b2:目的と手段との間に合理的関連性があるか
 上述の不適切な事態を避ける目的のために、朝鮮学校を第2条の五の対象外とする文部科学省令を定め、就学支援金を支援しないという手段を採用する。
以上より、b1については立法目的に正当性があり、b2についても目的と手段との間に合理的関連性があると思われます。

  次に、朝鮮学校の生徒さん等に関して、手段・態様において著しい不合理が存在しないか検討します。

  手段の不合理性の有無は、以下のように考えます。朝鮮学校の生徒さんは朝鮮学校の在り方に責任を持たないのにも関わらず、就学支援金を支給されないのは、著しい不合理性を有するでしょうか。就学支援金は、私立高等学校等の学生に対する支給(第4条 受給資格)という性質を持つのと同時に、当該私立高等学校等への公金の支出の性質(第8条 代理受領等)も有します。後者の性質に関して、前述した朝鮮学校の在り方により公金の支出が不適切となるので、就学支援金は支給されません。この二つの性質が一体不可分であることに対して不合理性はないので、朝鮮学校の生徒さんに対する就学支援金の不支給は、著しい不合理性を有しないと考えます。
 
 態様の不合理性の有無は、以下のように考えます。
 まず、在日朝鮮人の方の子弟一般の態様について考察します。朝鮮学校の生徒さんは在日朝鮮人の方の子弟がほとんどと思われます。ところで、在日朝鮮人の方の子弟の内、朝鮮学校に進学するのは10%以下だと言われています(http://dspace.wul.waseda.ac.jp/dspace/bitstream/2065/37292/1/ShagakukenRonshu_19_Uehara.pdf ※)。つまり、残りの90%以上の方が通常の公立・私立校等、高校無償化の対象校に進学されることを意味します。よって、在日朝鮮人の方の子弟一般をことさら無償化の対象外にするという意図は見られないため、これらの態様について著しい不合理性は有しないといえます。
 最後に朝鮮学校の生徒さんの態様の、不合理性の有無について考えます。朝鮮学校の生徒さんの家庭では、高校無償化の財源のための所得税の特定扶養控除の一部廃止により、経済的負担が増えるケースがあると思われます。この点につき、態様の著しい不合理性はあるでしょうか。確かに、朝鮮学校の生徒さんの負担が以前より増えるケースはあると思いますが、フリースクールに通う生徒さんの負担も同様に増加すると考えられます。必ずしも朝鮮学校の生徒さんのみの負担が増えるわけではありません。そのため、この負担増を以って、その態様に著しい不合理性があるとはいえないと考えます。
以上より、手段・態様においても著しい不合理が存在しないと思われます。

  以上述べてきた通り、私見では、朝鮮学校を無償化対象外とするのは法の下の平等に反せず、合憲と結論します。


朝鮮学校の生徒さんは無関係

 最後に強調したい点があります。朝鮮学校の生徒さんは、朝鮮総連の影響下にある朝鮮学校の在り方にも、北朝鮮の振る舞いにも、無関係です。何の責任も負いません。これは当然のことです。同様に、朝鮮学校の無償化対象外の「根拠」に関して、それを支持する論評でも反対する論評でも、朝鮮学校の生徒さんを関連付けるべきではないと考えます。今まで縷々述べてきたように、無償化対象外の「根拠」は、朝鮮総連の影響下にある朝鮮学校の在り方だと考えるからです。
 しかし、このような区別は社会的にはあまり認知されていないようです。例えば、橋下徹大阪府知事は、就学支援金支給の対象から朝鮮学校を除外することを表明し、北朝鮮からの非難に対しては「拉致被害者を返してくれたら話に応じる。朝鮮学校の子供を泣かせたくないのなら、本国はしっかりしてくれ。泣かせないために何ができるか、考えてほしい」と応じたそうです(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%9D%E9%AE%AE%E5%AD%A6%E6%A0%A1#cite_ref-34)。また、また、川崎市の阿部孝夫市長は横田夫妻の著作を購入し朝鮮学校に現物支給するとのことです(http://blog.goo.ne.jp/harumi-s_2005/e/d5ad5e54b7d2f88cd2c6d814dc06ef88)。
 これらの言動は不当な混同であり、朝鮮学校の生徒さんに対する差別です。繰り返しますが、無償化対象外の「根拠」に、朝鮮学校の生徒さんは無関係なのです。



※冒頭部分。「約10%といわれる小・中学校生徒が民族学校に通っている」
上記の民族学校とは総連系と民団系の両方を含み、しかも小・中学校生徒の割合を言及しているが、高校相当の朝鮮学校の割合がこれより高くなることはないと考えてよいでしょう。

<変更履歴>
2013/04/09  手段・態様における著しい不合理性について追記しました。